意識のフォーカスが育み合う未来へ繋がる  MITSUKO氏

2019/12/28

命のリレーコラムのお話をいただいてから、どのような事を書こうか、正直とても迷いました。

「私の頭の中を、ほんの少し旅をしていただく」という設定で

お読みいただこうと思いつきました。心のままに、筆を進めたいと思います。

「シコウヲ、トメテ、イマヲ、カンジルコトニ、シュウチュウスル」

いのち。

幸せや豊かさ。

呼吸。
今この瞬間の鼓動

身体のおもみ

トクトクと休みなく流れる血液

着ている衣服の接触面、締め付けや、あたたかみ、汗

ふんわりと柔らかい肌、風にのって鼻梁をくすぐる土の香り

黄昏時の早足で帰宅する人、夕食のにおい

帰宅を促す、ゆうやけの歌に乗ってくる子供の声

染み渡るようなお出汁の味、炊き立てのご飯、咀嚼する歯ごたえ、喉を通過する感触
七色に変化していく空の色、透き通る夜空

真っ直ぐに輝く月、怪しい美しさで流れる薄雲
電車の振動、となりの人の体温、重力、 赤ちゃん 自分 呼吸・・・・・

今、あなたは、どのような感覚の中で生きていますか?

「アナタノ イマニ シュウチュウ シテ」

当たり前の「感覚」を私たちは毎瞬 消費して生きています。

少しだけ立ち止まり、五感に戻る感覚に集中してみてほしいのです。

思考は、一旦止めても、次の瞬間またすぐに、飲み込まれてしまいがちですが

このコラムを読む時だけは、どうか、自分の「思考のジャッジ」を止めてみてください。

そして、あなたが今、小さな、小さな 「粒」になったとイメージして

小さな乗り物に乗ってください。

そして、ここからは、ある一人の人の頭の中ですから

それを読み進める上で、あなたが思うことは、

すべて、あなたにとっての「正解」であると決めてください。

さぁ、それでは mitsukoという人物の、インナースペースへの旅の始まりです。

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◆私は生きている価値がない?

無価値観とはどこからくるのか。

成し遂げていない。

生み出せない。

貢献できていない。

役立たず。

私達は、他者と比べて、自分に欠けている所を探すのが得意ではないだろうか。

私自身がそのように生きていた頃があった。

もっと「   」だったら、いいのに。

もっと「   」ができたら、いいのに。

その想いは、時には妬みとなり、時には向上心にもなる。

変幻自在なスパイスだ

大小はあるけれど、コンプレックスを抱えて生きている私達が

ありのままを受け入れて生きていくとは、一体どういうことなのだろうか。

◆自分と向き合うとは「自分地図」を描き続けていくという事

誰かに聞いてほしい、打ち明けたい。そんな思いをしたことはないだろうか。

でも、どんなに、いくら聞いてもらっても、見つけられないのは「自分」である。

私は何かにつけて、自分の内面を分解と分析をすることをしている。

どのように行うか決まりはない。

心のままに書くだけ。

どうしても何を書いていいかわからなかったら参考にしてほしい。

1、事実現象と感情を切り離す

2、事実現状を細分化し明らかにする。

3、文字にして明らかにしたら静観する。

4、静観している時に、湧き上がった感情を周囲に書き出す。

5、気持ちの一人リレーをして出し切る事、何回でも付け加えていく。

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1、 私は抜毛している。2児の母である。※ここでは感情は切り離すこと

2、 小学1年生の時から抜くようになり、治ることもあるが、繰り返している。

スキンヘッドにしフルウィッグイッグで生活・・・etc
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3,4、5を行うという事は

「自分」という、壮大な地図を描いていく事になる。

連想ゲームとして行うので、ノートや模造紙でもいい、スマホのメモでもいい

四六時中、自分地図を描き続けてみてほしい。

それは、今までに辿ってきた軌跡と、これから向かいたい世界への指南書にもなる。

今までの経験の現象や、過去の気持ちも書き出し、紐付けていく。

大方はこの時間に費やされるが、本当の意味で出し切ると

次は過去、現在、未来が溶け合い

なりたい未来。本当はどうしたのか?底にある本音。

そして、次のアクションが見えてくる。

何回も自分に問う訓練をし、分析して要望を伝えることができるようになるというのは

人と関わり合いながら生きていく私達にとって大切なことなのではないだろうか。

地図が書けたら、敵や困難についてのお話について。

◆すべては自分が設定した世界だとしたら

向かいたい世界、願いを叶えるという

事には困難やハプニングがある

まだ見ぬことへの不安や、恐怖を感じる事もある。

しかし、それらをひとつずつクリアして行くことは、

すんなりとゴールにたどり着けるよりも、断然達成感や感度は、ひとしおになるという事は

あなたも体験したことがあるのではないだろうか。

私は自分を許せていない時には、周囲へ過度な壁があり、敵対心が強かった。

世界の温暖化は「  」のせい

貧困の格差は「   」のせい

いつまでも終わらない争いは「   」のせい

「抜毛症」が治らないのは親のせい・・・・

原因探しに夢中で、代替え案も出さずに、全体を多角的に観ずに、世界を斜めに見て生きていた時期があった。

そして、最後は「どうせ、誰もわたしの事を分かってくれない」という悲劇のヒロイン。

ひねくれものの考え方は今も健在で

「あれ?本当にそうなのかな?」というwhyを見逃さずにいる事と

心の余白を大事にしている。

その物事や言葉に触れたときの「第一直感」を大切にしている。

さて、「誰もわたしの事を分かってくれない」とは

本当に、さみしく悲しいことなのだろうか?

私が導き出した答えは

「誰もわたしの事を分かってくれない」とは、崇高な事であるということ。

そして、本当の自分を思い出すための、キーワードなのではないかという答えに出会った。

自分の旅は、自分でするしかない。

自分の人生という操縦席は、自分にしかできないはずなのに

時に、そのことを忘れてしまっていないだろうか。

#ひとりじゃないよ を発信してはいるが

私達は皆「ひとり」である。

悲しみではなく、強く輝きに満ちた、パワーを思い出す言葉だと受け止めたい。

孤独とは、ひとりではないからこそ、感じられることなのである。

◆自分は小宇宙 思考の現実化。

生まれる前に、私たちは皆、誰しもが自分の物語を自らが設定し、

体験しに生まれてきたのだとしたら?

病気や災難、困難や嫌なことも、悪役を演じてくれることにより、気づきを得ているという

考え方がある。知った当時は、私の辛さの何がわかるのだ、こんなに辛いのに。と

受け入れられない時期もあった。でもその考え方が気になって向き合い始めると

なぜか涙が出てきて、どこかで「思い出した」と、いう感覚があった。

毎日その考え方に触れていく度に、凝り固まっていた思考が、次第に変わりはじめた。
そして、人生という壮大な物語を自作自演しているのなら

私が望む現実創造をしようと決めたのである。

人は、聖人君子ではない。
喜怒哀楽、その狭間とグラデーション、表裏一体

揺れてしまうこと自体をジャッジせず、ただ、その時の感情を味わう事だけに

集中していく意識を持つこと。
中でも「怒り」とは、沸点は高いが持続しないということが体感として分かってくる。

その都度、その時に、できるだけ溜めずに吐き出していくこと。

溜めている一方では、怒りすら熟成されてしまうのだ。

自分地図にひとつひとつ書き写していく事で、また自分が拡大していくのだ。

◆失敗しても後悔しない、反省は糧になる

失敗=恥ずかしい は心の反応であり、実際は実現へのプロセスである。
後悔とは、もっと、うまくやれたのにと見くびった結果。
その瞬間、最大限に自分のパワーを出すと決意する。
評価とは、周囲からの事よりも、自分で行う事のほうが、本当は一番怖いことだ。

自分自身へ嘘はつけない。

障害や病気は、フラグではあるが個性ではない。と私は思う。
滅多になれないスペシャルな事であるなら、その道のエキスパート、パイオニアである

という変換を、自分で設定していくのも、ひとつの選択肢であると、私は思うのである。

そして一生を通じて共に生きる事であるならば、その価値を目指していくという選択肢も

あるのではないかと感じている。

◆価値観の逆転から常識の拡大へ
不要なものはないと知る事。

敵とは、自分が創り出した幻想であるという事。
選べるという自由を思い出す事。

制限を自らにかけない事。

ヘルプを素直に伝え、他者に頼る事。

私は出来ないこと、苦手が多い。それを認め、許すことができるようになった。

以前は身体にも無理がきいたからなのか

できないことを「悪」とし「努力」をする中で、自分をすり減らしていた時期があった。

今は、誰か得意な人に出会うためだと思っている。

私達は「自分演出、脚本、主演」で生きている。

自分を律してくれ、大切なことに気づき、信頼を強めてくれる為に出会う

「悪役」もいるのである。

ロールプレイングゲームのように、才能を持った仲間に出会い、

新たな世界へと旅立つこともあるのである。

だから不安もありながらも、どこかいつもワクワクするのだ。

(小学校で使ったスライド)

ゲームに例え、自分の目の前に現れる悪役にとらわれすぎず、本当のゴールを見るという考えについて、新しい見方でおもしろいと感想をくれた子供たちがいました。

●恐れからの学びを止め、想いを増殖する学びに変える

私達が活かされている地球では、様々な問題課題が山積みで、

知れば知るほど落胆し、怒りさえ沸いて嘆くこともある。

それでも同じ時を生きている中で、着実に問題解決に挑み、継続し一端を担う人たちもいる。

その差は一体何なのか。

私が尊敬する方々は、いつもどこかユーモアがあり、やわらかい心があるという

共通点がある。隣の人、仲間、世間の違いを受け入れ、その時の着地点を見つけていく。

いつまでも同じ場所で堂々巡りせずに、動いていく。

行動する。チャレンジの連続。

私達は「先人達の恩恵」という過去と、「集合意識」という価値観に囚われていないだろうか。

湧き上がる情熱を忘れてしまってはいないだろうか。

安全安心ということが最優先され、失敗という学びさえ、置き去りにされてはいないだろうか。

積み上げられた常識の枠を拡大していけば

世界とは無限に広がっていて、それは愛、生、命に満ち溢れている

あたたかい世界であると私は思うのである。

そして今、この瞬間にも私たちは「豊かさ」に満ち溢れているということを

感じて呼吸をしていきたい。


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インナースペースいかがでしたでしょうか。
私というエッセンスを、少しでも感じていただけたでしょうか。
生きている事、命があるという事を、日常では当たり前に過ごしてしまいがちですが
何もできなくても、何がなくても、今をこうして生きているのです。
生きているからこそ、こうして、繋がる事が出来て、互い命の交換をし合い、育み合い
これからも紡いでいけるのだと思うのです。

最後に私の好きな言葉をシェアします。

「本当に大切なものは絶対になくならない」
物や人もすべて循環しています。
循環の中では、時に流れの速さが違う事で、一旦離れる時もあります。
その刹那や無常を、私はとても素敵な事だと思のです。
出会いも別れも同じ世界で起きている事。
だからこそ、今そばにいる人に対して想いを向け
笑顔の瞬間を一緒に重ねていきたいと思います。

<プロフィール>
MITSUKO
1980年埼玉県生まれ。
高卒後歌手、エステティシャン、マナー講師、メイク講師、大手通信会社新規事業立ち上げ、芸者を経て、 結婚出産。母である事、妻であることに対し、頑張りすぎて壊れたことをきっかけに自分自身と向き合う大切さを知る。コンプレックスであった、幼少期から自分の髪の毛を抜いてしまう「抜毛症」を2016年ブログでのカミウングアウトし「本当はこうしたい!」という自分の望みを叶えるため、表現者として活動開始。
2017年8月SNSでの発信をきっかけに、素晴らしい仲間と縁に恵まれ「様々な理由により髪を失った女性や子供たちのための活動を行う」Alopecia Style Project Japan(ASPJ)を立ち上げ運営。当事者コミュニティや交流会を開催。今後は当事者女性のほか、子供達や親御さんへの情報提供やコミュニティも視野に入れ、持続可能な活動を目指した法人化、事業展開を考えている。

個人では、モデルやパフォーマーといったプレイヤーとしての一面と、イベントプロデュース、コンセプト立ち上げなどのプロデューサーの面の2つの顔を持つ。
「自分の人生は自分で創る」を大切にし、原点回帰の衝動と情熱を大切に、何かを理由にあきらめずに挑戦をし続けていく、をモットーに活動を続けている。

◆MITSUKO
Alopecia Style Project Japan(ASPJ)
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