お知らせ

広島市 長崎市 平和宣言 8/6 8/9

平和宣言

今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的、対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています。このような世界情勢を、皆さんはどう受け止めますか。二度の世界大戦を経験した私たちの先輩が、決して戦争を起こさない理想の世界を目指し、国際的な協調体制の構築を誓ったことを、私たちは今一度思い出し、人類の存続に向け、理想の世界を目指す必要があるのではないでしょうか。
特に、次代を担う戦争を知らない若い人にこのことを訴えたい。そして、そのためにも1945年8月6日を体験した被爆者の声を聴いてほしいのです。

当時5歳だった女性は、こんな歌を詠んでいます。
「おかっぱの頭(づ)から流るる血しぶきに 妹抱(いだ)きて母は阿修羅(あしゅら)に」
また、「男女の区別さえ出来ない人々が、衣類は焼けただれて裸同然。髪の毛も無く、目玉は飛び出て、唇も耳も引きちぎられたような人、顔面の皮膚も垂れ下がり、全身、血まみれの人、人。」という惨状を18歳で体験した男性は、「絶対にあのようなことを後世の人たちに体験させてはならない。私たちのこの苦痛は、もう私たちだけでよい。」と訴えています。
生き延びたものの心身に深刻な傷を負い続ける被爆者のこうした訴えが皆さんに届いていますか。
「一人の人間の力は小さく弱くても、一人一人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています。」という当時15歳だった女性の信条を単なる願いに終わらせてよいのでしょうか。

世界に目を向けると、一人の力は小さくても、多くの人の力が結集すれば願いが実現するという事例がたくさんあります。インドの独立は、その事例の一つであり、独立に貢献したガンジーは辛く厳しい体験を経て、こんな言葉を残しています。
「不寛容はそれ自体が暴力の一形態であり、真の民主的精神の成長を妨げるものです。」
現状に背を向けることなく、平和で持続可能な世界を実現していくためには、私たち一人一人が立場や主張の違いを互いに乗り越え、理想を目指し共に努力するという「寛容」の心を持たなければなりません。
そのためには、未来を担う若い人たちが、原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えず、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものとして、たゆむことなく前進していくことが重要となります。

そして、世界中の為政者は、市民社会が目指す理想に向けて、共に前進しなければなりません。そのためにも被爆地を訪れ、被爆者の声を聴き、平和記念資料館、追悼平和祈念館で犠牲者や遺族一人一人の人生に向き合っていただきたい。
また、かつて核競争が激化し緊張状態が高まった際に、米ソの両核大国の間で「理性」の発露と対話によって、核軍縮に舵(かじ)を切った勇気ある先輩がいたということを思い起こしていただきたい。
今、広島市は、約7,800の平和首長会議の加盟都市と一緒に、広く市民社会に「ヒロシマの心」を共有してもらうことにより、核廃絶に向かう為政者の行動を後押しする環境づくりに力を入れています。世界中の為政者には、核不拡散条約第6条に定められている核軍縮の誠実交渉義務を果たすとともに、核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えていただきたい。

こうした中、日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現に更に一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

本日、被爆74周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

令和元年(2019年)8月6日

広島市長 松井 一實

長 崎 平 和 宣 言

目を閉じて聴いてください。
幾千の人の手足がふきとび
腸わたが流れ出て
人の体にうじ虫がわいた
息ある者は肉親をさがしもとめて
死がいを見つけ そして焼いた
人間を焼く煙が立ちのぼり
罪なき人の血が流れて浦上川を赤くそめた
ケロイドだけを残してやっと戦争が終わった
だけど……
父も母も もういない
兄も妹ももどってはこない
人は忘れやすく弱いものだから
あやまちをくり返す
だけど……
このことだけは忘れてはならない
このことだけはくり返してはならない
どんなことがあっても……
これは、1945年8月9日午前11時2分、17歳の時に原子爆弾により家族を失い、
自らも大けがを負った女性がつづった詩です。自分だけではなく、世界の誰にも、二度とこ
の経験をさせてはならない、という強い思いが、そこにはあります。
原爆は「人の手」によってつくられ、「人の上」に落とされました。だからこそ「人の意
志」によって、無くすことができます。そして、その意志が生まれる場所は、間違いなく、
私たち一人ひとりの心の中です。
今、核兵器を巡る世界情勢はとても危険な状況です。核兵器は役に立つと平然と公言する
風潮が再びはびこり始め、アメリカは小型でより使いやすい核兵器の開発を打ち出しました。
ロシアは、新型核兵器の開発と配備を表明しました。そのうえ、冷戦時代の軍拡競争を終わ
らせた中距離核戦力(INF)全廃条約は否定され、戦略核兵器を削減する条約(新STA
RT)の継続も危機に瀕しています。世界から核兵器をなくそうと積み重ねてきた人類の努
力の成果が次々と壊され、核兵器が使われる危険性が高まっています。
核兵器がもたらす生き地獄を「くり返してはならない」という被爆者の必死の思いが世界
に届くことはないのでしょうか。
そうではありません。国連にも、多くの国の政府や自治体にも、何よりも被爆者をはじめ
とする市民社会にも、同じ思いを持ち、声を上げている人たちは大勢います。
そして、小さな声の集まりである市民社会の力は、これまでにも、世界を動かしてきまし
た。1954年のビキニ環礁での水爆実験を機に世界中に広がった反核運動は、やがて核実
験の禁止条約を生み出しました。一昨年の核兵器禁止条約の成立にも市民社会の力が大きな
役割を果たしました。私たち一人ひとりの力は、微力ではあっても、決して無力ではないの
です。
世界の市民社会の皆さんに呼びかけます。
戦争体験や被爆体験を語り継ぎましょう。戦争が何をもたらしたのかを知ることは、平和
をつくる大切な第一歩です。
国を超えて人と人との間に信頼関係をつくり続けましょう。小さな信頼を積み重ねること
は、国同士の不信感による戦争を防ぐ力にもなります。
人の痛みがわかることの大切さを子どもたちに伝え続けましょう。それは子どもたちの心
に平和の種を植えることになります。
平和のためにできることはたくさんあります。あきらめずに、そして無関心にならずに、地
道に「平和の文化」を育て続けましょう。そして、核兵器はいらない、と声を上げましょう。
それは、小さな私たち一人ひとりにできる大きな役割だと思います。
すべての国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れ、原子雲の下で何が起こったのかを見て、
聴いて、感じてください。そして、核兵器がいかに非人道的な兵器なのか、心に焼き付けて
ください。
核保有国のリーダーの皆さん。核不拡散条約(NPT)は、来年、成立からちょうど 50
年を迎えます。核兵器をなくすことを約束し、その義務を負ったこの条約の意味を、すべて
の核保有国はもう一度思い出すべきです。特にアメリカとロシアには、核超大国の責任とし
て、核兵器を大幅に削減する具体的道筋を、世界に示すことを求めます。
日本政府に訴えます。日本は今、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の
責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください。そのためにも朝鮮半島非
核化の動きを捉え、「核の傘」ではなく、「非核の傘」となる北東アジア非核兵器地帯の検討を
始めてください。そして何よりも「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理
念の堅持と、それを世界に広げるリーダーシップを発揮することを求めます。
被爆者の平均年齢は既に82歳を超えています。日本政府には、高齢化する被爆者のさら
なる援護の充実と、今も被爆者と認定されていない被爆体験者の救済を求めます。
長崎は、核の被害を体験したまちとして、原発事故から8年が経過した今も放射能汚染の
影響で苦しんでいる福島の皆さんを変わらず応援していきます。
原子爆弾で亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、長崎は広島とともに、そして平和
を築く力になりたいと思うすべての人たちと力を合わせて、核兵器廃絶と世界恒久平和の実
現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2019 年(令和元年)8月9日
長崎市長 田 上 富 久